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日本文化  发贴心情 Post By:2006/7/7 20:58:00



日本の伝統料理 「おせち」 日本では、お正月に「おせち料理」を食べる風習があります。 この「おせち」とは、見た目や語呂合わせで、無病息災や子孫繁栄を願う人々の願いが込められています。 今回は、「おせち料理」をご紹介しましょう。 そもそも「おせち」とは「節日」(せつじつ)に作られていた「御節供」(ごせっく)のことなんです。御節供とは、節日の宴会のご馳走の事で、一月一日(元旦)、三月三日、五月五日、七月七日などの節日に、神前に食物を供え、祝いの料理を作って宴会を催していました。 そして、この御節供が「おせち」と略されてお正月の料理だけを意味するようになったんですよ。 「おせち」が重箱に詰めた正月料理を指すようになったのは、第二次世界大戦後の話なんです。 日本の伝統食のように思われる「おせち料理」ですが、その歴史はまだまだ新しいものなんですね。また、「おせち料理」は、冷蔵庫の無い時代の物なので味付けは濃い目、使っている食材も旬のものが中心になります。 今と違って週末の休みも無くいつも働き詰めの上、普段はどちらかと言うと粗食だったので、良く言う「盆と正月」くらいは、ご馳走を…、と言うわけで、主婦を休ませるための意味もあるんですよ。 さて、「おせち料理」には、人々の願いが込められているとお話しましたが、ここでは、それぞれの料理に込められている意味をご紹介しましょう。 「黒豆」は、まめ(健康)に暮らせるようにとの願い。 そして、黒い色は邪気を払うとの意味もあるんです。 「数の子」は、たくさんの卵がまとまっているところから、子孫繁栄の意味があります。 「昆布」は、昆布(こんぶ)の語呂合わせで、よろこぶの意味。 「海老」は、ヒゲが伸び、腰がまがっている所を老人に見立て、長寿への願い。 「栗金団」の、「金団」とは黄金の団子という意味です。 名前の語呂合わせではなく、見た目の“黄金”の色合い、豪華に見える様子から、金銀財宝に見立てているんですよ。 この他にも、まだたくさんの食べ物がありますが、どれも昔の人の知恵と、願いが込められているんですね。 さて、「おせち」は、お重に詰める料理にも順番があるんですよ。 元来は、五段重が基本でしたが、核家族化している現在では、三段重が一般的でしょう。 そこで、三段重の基本的な詰め方をご紹介しましょう。 まず、一の重には口取りと祝肴といった華やかな物を、二の重にはなますやこはだの酢〆のような酢の物を、三の重には、煮物を詰めます。 おせち料理は庶民文化が花開いたもの…とすれば、その時代にあった形や盛付けがあって良いと思います。 現在は、家庭で作る「おせち料理」以外にも、たくさんのホテルや老舗料亭、デパートでも「おせち料理」を販売しています。 形式は変わっても、重要なことは、正月には家族が集い、感謝と祈りをこめて新しい年を祝う事。 「おせち料理」にこめられた心を知る事ではないでしょうか? 家族や親戚でワイワイと語り合いながら、みんなで食べるのが、「おせち料理」の形なんですね。 今回は日本の伝統料理「おせち料理」をご紹介しました。

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  发贴心情 Post By:2006/7/7 21:00:00



和食になくてはならない道具、「お箸」 皆さんは、お箸を正しく使うことが出来ますか? 何年使ってもうまく使えない、お箸の使い方が上手になったら、色々な食材が食べやすくなった、そんな方もいらっしゃると思います。「お箸の文化」を持つ地域は、中国や朝鮮半島、ヴェトナムなど東南アジアの一部、そしてにっぽん日本。お土産で珍しい形のお箸をもらったことがある、という方もいらっしゃるかもしれませんね。しかし、お箸の種類や使われ方は地域や時代によって様々です。 今回は「日本のお箸」についてご紹介していきたいと思います。 日本のお箸は、日本の原典「古事記」にも書かれているほど古い文化ですが、もともとお箸が生まれたのは、中国や朝鮮半島だといわれています。原始時代、火を使うようになった人間が、料理を作る道具として、また熱い料理を食べる為に作ったということなんです。お箸が日本に伝来されたのは、紀元前のこと。当時のお箸は今のように2本に分かれておらず、細く削った竹をピンセットのように折り曲げたものだったといわれています。 「箸」という漢字に「たけかんむり」がついているのも、この事に由来するんですね。また、最初は「神様が使う道具」、神器として海を渡ってきました。古事記の中には「箸は口に運ぶ先は人のもの、もう片方の端は神様のもの」といった記述も見られます。お箸には神様が降りてくると考えられていたんですね。 お箸が日本で一般の食事に使われるようになったのは、7世紀の初めです。そして、日本で初めてお箸を食事に使ったのは、古い紙幣の肖像でもおなじみ、聖徳太子だったんです。当時、聖徳太子は、隋の時代の中国大陸へ使節団を送りました。そこで使節団は隋王朝の人々に歓迎を受けたのですが、王朝の人たちが箸を使って食事をしているのを見て大変驚いたそうです。ピンセットの形から2本1組の現在と同じ形式に変わっていたとはいえ、当時まだ日本でのお箸の位置は「神器」であり、一般の食事では使っていなかったからです。日本に戻った使節団から報告を受けた聖徳太子も、その話を聞いて驚きました。そして、隋の国の使節団を日本に招待する時のために、大急ぎで箸を使った食事の作法を朝廷の人々に習わせた、ということです。ここから、日本で食事にお箸を使う風習が始まりました。 当初は貴族たちに広まり、徐々に一般市民へと広まった「お箸を使った食事作法」。お箸の種類も竹だけでなく、木製のもの、神事に使う為の銀製のものも生まれ始めました。様々な種類のお箸が出回り始めたのは、18世紀、江戸時代の頃からです。それまで、ただ単に竹や木などで作られていたお箸に「塗りばし箸」という種類が加わり、普及していきました。各地の地場産業として「漆塗り」の器が発展してきたのが、広まった理由です。ほとんどの漆器の産地がこの時代に興り、それと同時に塗り箸も多様化しました。塗り箸は、漆をていねいに塗り重ねているので、表面がツルツルしています。このため、木や竹で作られたシンプルなものと比べて丈夫であるとともに、表面に汚れがつきにくく、常に清潔感のあるお箸だといえます。また、見た目にも美しい事が評判となりました。江戸時代の末期になると、裕福な町人や商人、武士などが、自分のステータスとして塗り箸を使い始めました。街角で「お箸自慢大会」が催されていたのかもしれませんね。 さて、皆さんが外食などで使っている「割り箸」についてお話ししましょう。 この「割り箸」、ルーツは意外と新しく、塗り箸が生まれたのと同じくらいの時期なんです。そもそも、お箸は使い切りが常識でした。お箸が日本に伝わった頃、お箸は神様と一緒に食事をするための「神器」であり、神事に終わればそのたびに新調していたので、何度もくり返し使う物ではなかったのです。反復して使う日常の道具として定着したのは12世紀頃ですが、その後、現在の東京、江戸と呼ばれる地域で「使いきりばし箸」が作られるようになりました。おそば屋さんや鰻屋さんなど、外食産業が盛んになった18世紀、お店では中身がなくなった“酒樽”の処理に困ってしまいます。そこで、樽の端材を利用した使い捨てる事が出来るお箸がたくさん作られるようになりました。これが、現在の割り箸のルーツなんです。神聖な意味だった使い捨てから、お客様サービスといった意味での使い捨て箸が生まれたんですね。 「引き裂きばし箸」と呼ばれたこのお箸は、清潔好きの江戸庶民に大変喜ばれていたそうです。現在のような一膳を割って使う「割り箸」が誕生したのは、19世紀の終わり。奈良県の教師である島本忠雄氏によって開発されました。この「割り箸」の利点は、「一膳のお箸がばらけない」ということ。酒樽を引き裂いて作った以前の「使いきり箸」は、長さや太さが違うことが多く、不便でした。適当に箸を2本とってそれで1膳、というわけにはいかなかったのです。しかし、島本氏の開発した「割り箸」は最初から一膳が一組になっていて、使う時に“割る”ので、同じ長さのお箸がいつでも見つかり使いやすいという点で、大変人気を呼びました。北海道での工場生産が成功した事で、割り箸は全国に広がりをみせ、20世紀初頭には「衛生箸」という名前で広く利用されるようになったのです。 現在、日本国内の割り箸消費量は、年間250億膳ともいわれています。1人あたりの年間消費量もおよそ200膳以上にもなるんですね。1度使ったら捨ててしまうという観点から、森林破壊など環境問題への懸念もありますが、自然への還元活動も積極的に行われており、私たちの食生活に欠かせない役割を担っています。 長い歴史を経て現在まで続く「お箸の文化」ですが、「日本のお箸」には他の地域とは異なる、いくつかの特徴があります。 まず、中国の箸よりも短く、先が細くなっていて、食べ物を摘みやすく作られている事。これは、“小さな豆でもつかめる”ほど器用に食材を扱える、優れた特徴の1つです。また、素材としては木製やプラスティック製など軽いものが好まれていて、高価なものは漆塗りや蒔絵など豪奢な細工が施されている事も挙げられます。もちろん、形ばかりでなく、種類にも様々なバリエーションがあります。料理を作る時に使う「菜箸」、大皿から料理を分ける為の「取り箸」。持ち運びに便利な「携帯用折り畳み箸」や、持ち方の矯正用「しつけ箸」なども便利ですよね。 先ほどご紹介した「割り箸」の種類だけでも、100種類を超えるというから驚きです。 豆腐用やうどん用、納豆用から刺身用まで、食材に合わせて形状が異なるのも、日本のお箸の特徴です。 そして、1番の特徴は、家庭で自分専用の「お箸」が決まっている事なんです。 日本以外の地域では、家庭で個人専用のスプーンやフォークを決める事はないようですし、同じお箸の文化を持つアジア諸国でも、いくつかの箸をみんなで共用しています。 自分用の箸が決まっているのは、世界中で日本だけに見られる風習なんですね。 男性用・女性用・子供用など、体格によってお箸の長さや重さなどが変わるのは、世界的にも珍しい事なんだそうですよ。 やはり、自分専用のお箸で頂く食事は、日本人に「家に帰った安心感」を覚えさせてくれるのではないでしょうか。 「箸が転んでも可笑しい年頃」「箸の上げ下ろし」など、たくさんの慣用句に使われている「お箸」。 これからも日本の食文化の一端を担い続けていくことでしょう。 皆さんも是非、自分に合った「日本のお箸」を見つけて、使ってみてはいかがでしょうか。 今回は、「日本のお箸」についてご紹介しました。


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年末の大掃除 今年も残すところあとわずかとなりました。 日本では、新しい年を迎えるにあたって、年の暮れに家の隅々まで「大掃除」をする習慣があります。 今回は、「大掃除」についてご紹介しましょう。 日本では、一般的に「大掃除」を12月13日から31日までに行います。 12月は以前「和風月名」でもご紹介しましたが、「師走」と呼ばれる月で、「仏事」を行ったり、お正月の準備などで日本中が大変忙しい時期です。 何故そんな時期に「大掃除」をするのだろう?と思う人もいるかもしれませんね。 それにはこんな由来があるのです。 「大掃除」は、18世紀頃、江戸城で行われていた「すす払い」が始まりとされています。 日本には、古くから毎年1月1日にその年の豊作や家内の安全をもたらしてくれる「年神様」を迎える「年神祭り」という行事があります。 江戸城では12月13日に、「すす払い」の日として「年神祭り」の準備をしていました。 「すす払い」は、江戸城内の奥女中が、日ごろ使っている“白無地の手ぬぐい”を“染め模様の手ぬぐい”に変え、神棚や城内のすすを払い落としました。 それが民家にも伝わり、12月13日に家のすすを払うという習慣が始まりました。 今のように“お正月を気持ちよく迎える為に清潔にする”というよりも、“神様をお迎えするために清める”といった信仰的な意味があったんですね。 現在では、12月13日は「大掃除」の日とされています。 生活スタイルや掃除の内容も変わり、各家庭で掃除をする日は様々ですが、その日から年末にむけて「大掃除」をするという習慣は根付いているようですね。 年末の「大掃除」。 普段まめに掃除をしない人にとっては気が重くなる作業ですよね。 さて、ここでは身近にあるものを使ってすばやく簡単に掃除ができる方法を、いくつかご紹介しましょう。 普段なかなか手入れができない“網戸”。 掃除となると大掛かりで時間もかかってしまいますね。 そこで、古くなった洗濯ネットを用意してください。 水をしみ込ませた洗濯ネットで、内側と外側から網戸を挟み込むように汚れをふき取ってください。 おもしろい程簡単に汚れが落ちるんですよ! これなら洗剤も使わず短時間で終わらせる事ができますよ。 手が入らない隙間の掃除には、こんな方法はいかがでしょうか? 使えなくなった女性用のストッキングと針金ハンガーを用意してください。 針金ハンガーにストッキングを巻きつけて隙間に差し込んでホコリを取り除きます。 隙間の奥のホコリもとれて便利ですよね。 こんな風にちょっとした工夫で掃除を簡単にできると楽しいかもしれませんね。 とはいえ「大掃除」を始めると、日ごろ目に付かなかった部分が気になりなかなか終わらないものです。 「大掃除」で困らない為にも、普段の生活からこまめに掃除するように心掛けましょう。 今回は「大掃除」についてご紹介しました。


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冬至

「二十四節気」の1つ「冬至」 最近だんだんと寒くなり、日が暮れるのが早くなってきましたね。今では夕方の5時を過ぎると、もう真っ暗です。ですが、冬至をさかいにして、また日が長くなるんですよ。 今回は、日本の「二十四節気」の一つ「冬至」をご紹介しましょう。 日本には、1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、それぞれを、さらに6つに分けた24の期間があります。特にその始まりの日のことを「二十四節気」といいますが、その中の一つに「冬至」があります。 「冬至」は、12月22日頃とされており、この日、北半球では、太陽の高さが一年中で最も低くなり、昼が一年中で一番短く、夜が長くなります。中国の太陰太陽暦(日本の旧暦)では、冬至が暦の起点とされ、厳粛な儀式を行っていました。これが日本にも中世になって伝わり、宮中などでは朔旦冬至(さくたんとうじ)といって祝宴を開いていたようです。こうしたことから、冬至については様々な言い伝えや風習が残されているんですよ。 その中から、「冬至かぼちゃ」「ゆず湯」をご紹介しましょう。 この日「冬至かぼちゃ」といって、かぼちゃを食べると病気にならない」と、古くから各地で言い伝えられています。そのほかにも「厄よけになる」「脳卒中にならない」「風邪にならない」「一年中おこづかいにこまらない」「長生きする」などの言い伝えがあるんですよ。昔の日本では、冬至のころになると秋野菜の収穫も終わって、食べられる野菜もほとんどなくなっていました。そこで元気に冬を越せるようにと願いを込め、栄養もあって保存もきくかぼちゃは、特別に大切にして食べていたようです。 冬にビタミンなどの供給源が不足した時代のかぼちゃは貴重なものだったんですね。 この他にも、冬至に「ん」のつく食べ物を食べると、幸運が得られるという言い伝えがあります。 「ん」が2つつく食べ物で、「なんきん(かぼちゃ)」「にんじん」「れんこん」「ぎんなん」「きんかん」「かんてん」「うんどん(うどん)」で、これらを食べると病気にかからず、うどんは運(うん)・鈍(どん)・根(こん)に通じるので出世するといわれているんですよ。 実際には、寒さが厳しくなるこの季節ですから、体が温まり、栄養がある食べ物を食べて、寒い冬を無事に過ごそうという、昔の人の知恵だったんでしょう。 「冬至」の風習のひとつに「ゆず湯」があります。この日、お風呂に「ゆず」をいれて、体を温めるという家庭が多いのですが、これは、「とうじ」という言葉に意味があるのです。 冬至の読みは「とうじ」。というわけで、実は、湯につかって病を治す「湯治(とうじ)」にかけているんです。 更に「柚(ゆず)」も「融通(ゆうずう)が利(き)きますように」という願いが込められているといわれています。 また、「ゆず湯」に入ると肌がスベスベになる美肌効果があったり、冷え性やリュウマチにも効き、体が温まってカゼをひかないとも言われているんですよ。 これからどんどん寒さが厳しくなりますが、「かぼちゃ」を食べたり、「ゆず湯」に入るなどして、元気に冬を乗り越えましょう。 今回は「二十四節気」の一つ「冬至」をご紹介しました。


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日本発・世界の健康食品、「豆腐」

日本人のおよそ80パーセントの人々が、1週間に1度は食べるといわれている「豆腐」。 いまや日本の代表的な食品であるばかりか、世界中で愛されている健康食品の1つとなりました。 今回は日本の食文化の中から「豆腐」をご紹介していきましょう。 豆腐は、基本的に大豆のタンパク質を固めて作る、白くて柔らかい食品です。 作り方の違いで、木綿豆腐・絹ごし豆腐など幾つかの種類に分けられます。 豆腐は、古来から“長寿食”と言われてきました。 それは、肉や魚を用いない精進料理の中で必ず豆腐を食べていた僧侶や、豆腐を多く食べる習慣のある地方の人々に長寿の人が多かった為です。 また最近の研究によっても、豆腐が長寿の秘訣、また美容と健康に良いという事が立証されています。 2千年から3千年前、初めて中国で豆腐が作られたといわれており、日本へは8世紀頃に伝わってきました。 その頃は僧侶や貴族などの特別料理として、大変貴重なものだと考えられていたようです。 一般に普及したのは18世紀ごろの事で、1782年には「豆腐百珍」という本がベストセラーになるほどの人気でした。 どんなに小さな町にも豆腐屋さんがあるほどで、桶などに豆腐を入れて、街で売り歩く豆腐屋さんの姿が見られたようですが、1965年頃からはスーパーマーケットの普及も相まってパック詰めの豆腐が全国的に流通し始めました。 また、地方によって、様々な豆を使った豆腐が作られています。 例えば、落花生を使った「ジーマーミー豆腐」や枝豆を使った豆腐、またゴマなど豆以外の食材で作られる豆腐もあるんですよ。 さて、豆腐は、「大豆」と「ニガリ」、そして「水」で出来ている、とてもシンプルな食べ物です。 このパートでは、家庭で作る事が出来る、豆腐の伝統的な作り方をご紹介しようと思います。 まず、大豆を半日から丸1日水にさらし、よくふやかした後ミキサーに入れます。 次に、大豆のおよそ2倍のお湯を加えながら少しずつミキサーで混ぜていきます。 この作業を何度か繰り返し、滑らかになった所で、ミキサーの中身を繰り返し濾します。 濾した液体を「豆乳」、残りを「おから」といい、このままでも召し上がる事が出来ますよ。 豆腐を作る為には、豆乳を鍋に入れ、弱火で20分から30分の間、煮込んでいきます。 煮込み終わった後、粗熱をとった豆乳にニガリをうちます。 ニガリの量は、ほんの数滴で構いませんが、熱湯で溶いてから使用します。 しばらくしても固まらない場合は、少し足して様子をみましょう。 固まってきたら布を敷いた容器に移し替え、重しを乗せて30分ほど置きます。 重しの為に水抜きをされ、形が整えば豆腐の出来上がりです。 手作りの豆腐は、おいしさもヒトシオ!。 日本の大型スーパーマーケットやインターネットショップなどでは、「豆腐作りキット」も販売されていますから、1度チャレンジしてみるのもよいかもしれませんね。 現在では、その原料となる豆乳やニガリも健康食品として注目を浴びている豆腐。 生でも焼いても、煮ても揚げても、季節に関わらず、どんな食べ方をしても美味しい豆腐を是非味わってみてくださいね。 今回は「豆腐」についてお話ししました。


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端午の節句「子どもの日」 5月5日は子どもの日です。 今日は、端午の節句や鯉のぼりについてお話しましょう。 もともと端午の節句は、悪鬼(あっき)や災厄(さいやく)を祓う(はらう)のが目的で、武家屋敷の塀や門に柵を作り、幟(のぼり)や兜・槍(やり)・なぎなた等を並べている外飾りでしたが、やがて鎧兜を着せた武者人形を飾るようになったそうです。 でも庶民は本物の武具などは持っていませんから、最初は厚紙などで兜や剛毅(ごうき)な武者の人形を造り飾っていました。 これが五月人形の始まりです。 やがて文化の円熟した元禄時代になると、外飾りではなく室内に飾るミニチュアサイズの幟が登場し、同時に弁慶や義経等の史実に残る勇猛な人物の武者人形や疫病から人々を守る鍾馗様(しょうきさま)が盛んに作られ飾られるようになります。 この頃から武家と庶民の飾りに差異が無くなり、外飾りではなく室内に飾る内飾りが主流になり、現在に近い形の端午の節句のお祝いの仕方が普及していきました。 江戸時代になると、幕府が5月5日を重要な日として定めたことから、この風習が庶民にも拡がり、端午の節句を祝うようになりますが、幟旗(のぼりばた)は武士のものでしたから庶民は飾れません。 そこで鯉のぼりの登場です。鯉のぼりは、庶民に大人気であっという間に拡がっていきます。 鯉のぼりは、中国の登竜門の故事に由来しています。 「鯉の滝登り」ってやつですね。黄河の上流の急な流れを鯉が上るということから、鯉は出世魚として考えられ、子供の立身出世の象徴として江戸時代から、盛んに立てられるようになったそうです。また子供が産まれた家では、「この家の子供をお守り下さい」と天の神様に向かって目印に立てたという話もあるんですよ。 鯉のぼりの歌にもありますが、鯉のぼりは、黒い真鯉はお父さん、赤い緋鯉(ひごい)はお母さん、青や緑の鯉は子供、というのが定番です。 さて、鯉のぼりの3色ですが、まさに 父・母・子供を表現する色で表されています。 黒は、冬で水を表します。五行説(ごぎょうせつ)で言う冬は、堅く閉ざし動かないという季節です。 父というものは、安易に変容してはならず、どっしりとしていなくてはなりません。 なおかつ水は、全ての生物の、命の源であり必要不可欠なものです。 赤は、夏で火を表します。 火は万物を生み出す源であり、知恵を象徴する物です。 人間は火を手に入れた時から知恵を得、文明を築きだしたと言われます。 また夏は次々と生命を育む季節でもあります。 まさに母そのものと言ってもいいでしょう。 青は、春で木を意味します。 全ての生命がのびのびと活動を始める春、そしてすくすくと伸びる木は、子供のあるべき姿そのものです。 このように3匹の鯉のぼりは、安定と生命の源の供給、知恵と育成、成長と繁栄いう、平和な家庭に不可欠な要素を表現し、子供達の健やかな成長を守る物とされているのです。 最近は、核家族化の影響でしょうか、鯉のぼりをあげる庭や場所がないと言うことで、鯉のぼりもコンパクト化が進んでいます。 庭に、屋根より高くならないようにあげらるガーデンサイズや、マンションのベランダにあげられるベランダセットなどが盛んに売られていて大変好評のようです。 セットなので、風車から吹き流し、ポール、ヒモ、真鯉・緋鯉・青鯉と全部揃っていて、買ってきてすぐにセッティング出来るのが喜ばれているようです。 昔から、端午の節句に食べるといわれている柏餅と、ちまきがあります。 ここでは、その二つの由来についてお話しましょう。 柏餅に使われる葉の柏の木は、新芽が出ない限り古い葉が落ちないそうで、このことから家が絶えない、後継者が絶えることがない縁起のいい木として考えられ、柏餅はすでに室町末期頃から、広く食べられていたそうです。 でも今と違って中の餡(あん)は、小豆(あずき)のこし餡ではなく味噌餡だったそうです。 一説では、「かしわ」は食物を包んだり食器代わりに用いられていたことから、「炊葉(かしぎば)」の転じた言葉ではないかとも言われています。 ちまきは、中国伝来の物で、端午の節句とともに日本に入ってきました。 ちまきは、餅米やうるち米を草の葉で包んで蒸した物で、文字通り、茅で包んだ物や笹の葉で巻いた笹ちまきなどがあります。 笹には整腸作用があり、やはり薬効あらたかな薬草で包んだ葉をはがすと、餅米が緑に染まりとても綺麗で、健康にいい食べ物として考えられていました。 ちまきには伝説があります。 古代中国、有名な戦略家であった屈原(くつげん)という人が、策略によって都を追われます。 屈原は失意のまま湖で水死するのですが、その死を悼んだ(いたんだ)人々や屈原(くつげん)の姉が、弟を弔う(とむらう)ため、竹の筒に米を入れ、湖に投げ入れて、鮫竜(こうりょう)を祀った(まつわった)ことに由来するといわれているんですよ。 5月5日は子どもの日。 日本全国ではその日を祝う記念として、様々な、イベントが開催されます。 また最近では、子どもの日におもちゃをプレゼントする風習も出来ているようです。 子供達が、すくすくと大きく、元気に育って欲しいという願いをこめて、端午の節句を祝いたいものですね


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成田剑
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